アントワン・ジャミソンが語るUNC時代の絆、ドラフト夜の帽子交換、そしてNBAで学んだこと
Cousins with Vince Carter & Tracy McGrady(2026年9月30日配信)でビンス・カーターがアントワン・ジャミソンを迎えた。
Cousins with Vince Carter & Tracy McGrady(2026年9月16日配信)でティナ・トンプソンが語った
番組カズンズ
ティナ・トンプソンがCousins with Vince Carter & Tracy McGrady(2026年9月16日配信)に出演し、WNBA創設期の実体験を語った。
ドラフト48時間前にようやく参加を決めた裏話、4度の優勝の記憶、エイジャ・ウィルソンへの評価、そしてプレーオフの展望まで、約1時間にわたって話が広がった。
1997年、トンプソンはWNBAドラフト全体1位で指名された。しかし提示された年俸は約3万2000〜3万3000ドル。ロサンゼルスで法律の勉強を続けていたトンプソンは、ドラフトの48時間前まで参加を決められなかった。
「プロ選手になるのに、生活保護を申請できるレベルの給料ってどういうこと、って思った」
— ティナ・トンプソン [24:46]
USCの知人キーション・ジョンソンからエージェントのジェロームを紹介され、WNBAとの交渉がギリギリでまとまった。決断後はニーマン・マーカスで服を買い、その足でニューヨーク行きの夜行便に飛び乗ったという。
「ずっと考えていたのは長く続けられるかということだった。先のことを見ていた」
— ティナ・トンプソン [28:23]
ヒューストン・コメッツはWNBA初の王朝を築いたが、トンプソンは当時の空気を「犠牲」とは表現しなかった。チームメートの多くは長年海外でプレーしてきたベテランで、シンシア・クーパーはトンプソンのバスケ歴より長いプロ経験を持っていた。
「家に帰って家族や友人の前でプレーできることが、誰にとっても本当に嬉しかった」
— ティナ・トンプソン [16:48]
リーグ運営に対する責任感も強く、選手たちはイベントやアピアランスに積極的に顔を出し、ファンとの関係を築いた。トンプソンはデイヴィッド・スターン元コミッショナーが女子リーグを構想・創設したことに敬意を表し、1996年のアトランタ五輪チームが土台を作った存在だったと振り返った。
「アメリカで成功した女子プロリーグは一つもなかった。私たちがその成功例にならなければいけなかった」
— ティナ・トンプソン [17:25]
4度の優勝のうち最も記憶に残るのは、プレーオフ進出すら予想されなかった1997年の初優勝。しかし最も心に近いのは3度目の優勝だとトンプソンは明かした。チームメートのキム・パーキーが脳腫瘍と闘い、プレーオフの最中にメキシコで治験を受けていた。
「ロッカールームでコートに出る前に泣いてしまうこともあった。シンシアとキムは本当に親友だった」
— ティナ・トンプソン [38:33]
パーキーはそのシーズン中に亡くなった。トンプソンは収録中も感情を抑えきれず、「今でも泣きそうになる」と声を詰まらせた。
「タフなだけじゃなく、私が出会った中でも本当に素晴らしい人間の一人だった」
— ティナ・トンプソン [41:08]
話題は現在のWNBAに移り、トンプソンはエイジャ・ウィルソンを高く評価した。MVPの実績だけでなく、ゲームの歴史を学び、チームメートや後輩を引っ張る姿勢が最大の魅力だと語った。
「一番すごいのはウィルソンの人間性。私たちが昔持っていたのと同じ責任感がある」
— ティナ・トンプソン [32:06]
プレーオフの展望では、ミネソタ・リンクスを常に優勝候補に挙げつつ、ゴールデンステート・バルキリーズの泥臭いプレーを絶賛した。MVP候補にはトレイシー・マグレディとともにルーキーのオリビア・マイルズを即答し、ルーキー・オブ・ザ・イヤーとMVPの同時受賞はキャンディス・パーカー以来2人目になると指摘した。エンジェル・リースについてはシーズン最多ダブルダブル記録に触れ、得点以外で勝利に貢献するスタイルを称えた。
「自分らしさを全力で出して、スコアリングに執着せず違うアプローチで試合に影響を与えている」
— ティナ・トンプソン [56:21]
トレイシー・マグレディはコメッツの来季復活に触れてシーズンチケット購入を宣言し、USCのジュジュ・ワトキンスがヒューストンにドラフトされることへの期待でスタジオが盛り上がった。
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