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ニックスのタウンズがThe Athleticのインタビューで優勝と今後を語る

タウンズが初優勝を振り返る、「疑問に決着がついた」と解放感を語り延長契約にも意欲

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/ 15日前

チームニックス

ニックスのカール・アンソニー・タウンズがThe Athleticのインタビューに応じ、53年ぶりの優勝を「解放された気分だった」と振り返った。メディアデーではニックスとの延長契約に意欲を示した。

ニューヨーク・ニックスのカール・アンソニー・タウンズが、The Athleticのジョン・クラウチンスキ記者のインタビューに応じ、チームにとって53年ぶりとなった今年6月の優勝を振り返った。取材は優勝パレードの前日、マンハッタンにあるタウンズの自宅マンションで行われたもので、記事は9月30日に公開された。

タウンズは優勝の瞬間について、これまで自分に向けられてきた疑問に決着がついたことで「とても解放された気分だった」と語っている。若いころは優勝を一つの達成として思い描いていたが、実際に手にしてみると、周囲の評価を気にせず子どものように喜べることの意味が大きかったという。

バトラーとの確執と「勝てない選手」というレッテル

タウンズは2015年のドラフト全体1位でミネソタ・ティンバーウルブズに入団し、2016年に新人王、2022年にはスリーポイント・コンテストで優勝した。一方でチームは勝てず、2017年にザック・ラビーンとの交換でジミー・バトラーが加入すると、試合後のタウンズの陽気な受け答えや、アンドリュー・ウィギンズの穏やかな性格にバトラーがいら立つようになった。

タウンズとウィギンズが先に大型延長契約を結んだことで関係は決定的にこじれ、バトラーはトレードを要求。2018年のトレーニングキャンプでは練習で若手を激しく責め立てるなど騒動を起こし、同年11月にフィラデルフィアへ移った。チーム内には、タウンズが言い返すことを期待する声もあったが、タウンズは公の場で応酬することを避け続けた。

その後もバトラーが各地で活躍する一方、ウルブズは低迷し、批判はタウンズに集まった。バトラーが去り際に投げかけた言葉に同調するファンや関係者もいて、ドレイモンド・グリーンがテレビ番組でタウンズをからかったこともある。タウンズは「世間に求められても、自分を変えるつもりはなかった」と振り返り、言い訳をする代わりにジムでの練習に向かってきたと話している。

父親のカール・シニアも、ファイナル第5戦の残り8秒で涙が止まらなくなったと明かし、長年息子に向けられてきた「タフじゃない」「優勝できない」という声にようやく答えが出たと喜んだ。ウルブズで2年続けて新人王を受賞したウィギンズは、2022年にウォリアーズで先に優勝している。タウンズは、2人がそれぞれのやり方で頂点にたどり着いたことをうれしく思うと語った。

笑顔のままの強さ

記事では、タウンズが「険しい表情のスター像」に自分を合わせることを拒んできた理由として、2020年に新型コロナウイルスの合併症で亡くなった母親ジャクリーンさんの存在を挙げている。タウンズは、母親から「ありのままの自分を恥じるな」と教わってきたと話し、心の強さは笑顔と両立できるという考えを示した。

ウルブズ時代のタウンズは、トレードを要求せずにチームの立て直しに付き合った。2020年にアンソニー・エドワーズが入団すると主役の座を分け合い、2022年にルディ・ゴベアが加わった際には、オールスターに3度選ばれたセンターでありながら、ポジションの変更を受け入れている。2024年には、球団史上2度目となるカンファレンス決勝進出に貢献した。

同年秋のトレードでニックスに移った際も、ウルブズ時代に混乱を招いたトム・シボドーHCのもとに戻ることになったが、タウンズは解任を求めることなく関係を築き直し、移籍1年目に25年ぶりのカンファレンス決勝進出を果たした。タウンズは、ミネソタという小さな市場で過ごした時間が、注目の大きいニューヨークに来る前に自分を磨く期間になったとも振り返っている。

トレードのうわさからプレーオフの主役へ

シボドーHCが解任され、マイク・ブラウンHCが就任した今季は、序盤から歯車がかみ合わなかった。1月には2勝9敗と崩れ、キング牧師記念日にはホームでダラス・マーベリックスに17点差で敗れている。本拠地では夫人のジョーダン・ウッズさんがしばらく観戦を控えるほど、厳しい声が飛んだという。

この時期、タウンズの名前はヤニス・アデトクンボが絡むトレードのうわさにも挙がっていた。タウンズは、夫婦で不動産サイトを開いてミルウォーキーの物件を眺めていたと笑いながら明かしている。

それでもニックスはその後8連勝し、シーズン終盤を27勝10敗で駆け抜けた。プレーオフ1回戦ではアトランタ・ホークスに1勝2敗とリードを許したが、ここでブラウンHCとタウンズが話し合い、タウンズを得点とパスの両面で攻撃の中心に据える形に切り替えた。ニックスはここからプレーオフ13連勝を記録し、フィラデルフィア・セブンティシクサーズとクリーブランド・キャバリアーズをいずれもスイープしてNBAファイナルに進んだ。

ファイナルではサンアントニオ・スパーズを4勝1敗で下し、プレーオフ全体の成績は16勝3敗だった。The Athleticによると、タウンズのプレーオフでのプラスマイナスは、リーグが公式に記録を取り始めた約20年前以降で最も高い数字だった。ファイナルの平均得点は13点にとどまり、94対90で決着した第5戦では22分間の出場で2得点、ファウルアウトに終わったが、守備ではビクター・ウェンバンヤマをフィールドゴール成功率42%、スリーポイント成功率27%に抑えている。この第5戦の退場については、のちにジェイレン・ブランソンが司会を務めた「サタデー・ナイト・ライブ」の客席で、冗談の種にするほどになった。

父親の手術とユーイングとの抱擁

シーズン終盤の3月末には、父親のカール・シニアが食中毒だと思って病院を訪れたところ、腸閉塞と分かって手術を受けた。母親を亡くした記憶が残るタウンズは父親に付き添い、練習やシュートアラウンドをすべて休んで、試合のときだけ会場に向かう日々を過ごした。レオン・ローズ球団社長とブラウンHCは必要なだけ時間を取るよう伝え、コートサイドの常連であるベン・スティラーやスパイク・リーらも父親の様子を気にかけていたという。

ニックスのレジェンドとの交流も、タウンズにとって大きな出来事になった。15シーズンにわたってニックスのゴール下を守り、優勝にあと一歩届かなかったパトリック・ユーイングとは、同じニックスのセンターとして親交を深めてきた。優勝が決まった直後、タウンズは会場でユーイングを探し出して抱き合った。数日後、ユーイングからは、あの瞬間を一緒に分かち合ってくれたことへの感謝を伝えるメッセージが届いたという。その場にいたユーイングの娘は、ジョーダンさんに「父の中で何かが癒やされた」と話していたそうだ。

優勝後の夏と延長契約への意欲

優勝後のタウンズは、パレードでチームメートが引き揚げた後も最後まで壇上に残り、両手にトロフィーを抱えてファンの歓声に応えた。その後もESPY賞の授賞式でスピーチを行い、プロレス番組にも出演するなど話題の多い夏を過ごし、この秋にはジョーダンさんとの結婚式を挙げている。

ニックスとの契約は残り2年・約1億2000万ドルで、トレーニングキャンプの開始とともに延長に向けた話し合いが進んでいる。タウンズはメディアデーで「ここでプレーしたいと伝えている」と述べ、子どものころからのニックスファンとして、延長契約をまとめたうえで新シーズンに臨みたい考えを示した。

ニックスは今季、半世紀ぶりにタイトルを守る立場でシーズンを迎える。インタビューの全文は、出典に記載したThe Athleticの記事で読むことができる。